
3月12日。
朝日が差し込んで来ました。
静かに眠るぶうこにも、暖かな光がさして春のようです。
昨夜、お腹に手を当てたら、まだ温かかったので
ぶうこの心臓に、「おつかれさま」と言いました。
ぶうこの頭を何回もなでたり、抱っこもしました。
あたり前ですが、もう前足を私の腕にかけてはくれず
ぶうこの体はとても重かったのです。

ぶうこは、なくなる前日も
散歩して、ご飯食べて、K子先生に会って爪切りして
ぐっすり眠っていました。
棒ぶうこ(棒状になった態勢)ではなくて
昔のように、横になって寝ていました。
なくなったときも、その態勢のままでした。
ぶうこの体の下のトイレシートを取り替えると
大きくて立派なう○ちも、出ていました。
そっと、ビニール袋で包み取りました。
まるで、ぶうこに初めて会ったときと同じです。
これが、飼い主としての最後のつとめ
そんな思いがしてきました。

昨日、宝慈園に11時の葬儀の予約をしました。
時間を予約しておかなかったら
いつまでも、こうして居続けたかもしれません。
Naomiさんから「ぶうちゃんを冷蔵庫に入れちゃだめだよ!」
と言われましたが、予約してなかったら、危なかったかも 

実家に寄って、じいちゃん、ばあちゃんも一緒にお寺へ向かいました。
初めて行ったお寺は、新潟市の郊外にありました。
お経が始まり、住職さんが
「ぶ、ぶふうこぉ・・・。」と、とても言いにくそうだったので
思わず、「ぶ・う・こ」と、私が小声で言ってしまいました。
やっぱり、名前は慎重につけないとです 
お経が終わり、
「お別れです。何か入れてあげたいものがあれば・・・」
前日、しまっておいたリンゴチップスの残りを入れました。
それから、ビージーバディの中に入れて食べたおやつも。
飲み薬を挟んで食べていたおやと、歯ブラシのときのおやつも。
開封したけど、残っていたおやつを、震える手で、ドサドサドサ入れました。
ビージーバディも、転がしていたいだろうと思ったのですが
フリースと同様に、入れられないということでした。
最後に、私とダンナ隊員の靴下を入れました。
私のは、前日、ぶうこと散歩したときにはいていたもの。
ダンナ隊員には、その場で脱いでもらって入れました。
この匂いなら、絶対、ぶうこも忘れないでしょう 
いよいよ蓋が閉じられるとき
私はぶうこの頭をなでて、言いました。
「だいじょうぶだよ。」
今思うに、何が大丈夫なのやら・・・ 
朝のニュースを見ながら、ダンナ隊員がぽつりと言いました
「トキが死ぬとニュースになるんだね。」
葬儀を済ませ、その足で、K子先生の病院へ
ご挨拶にうかがいました。
「もしものときは」と、あらかじめもらっていた薬(利尿剤)
を飲むこともなく、血を吐くことも、咳が止まらなくなることもなく
本当によかったね、と先生にも言われました。
K子先生は、小さな箱のぶうこにも、挨拶してくださいました。
今日の一句
軽すぎる ぶうこ片手に 家に着く
【追記】
こうして、ぶうこのお見送りを済ませてから5日が過ぎました。
みなさんの熱い涙に支えられて、私も泣きに泣くことができました。
本当にありがとうございました。
今日は、1回しか泣きませんでした。
「ぶうこ、今ごろどうしているかな〜。」と気になったり
最期の姿をupすると、すべてが終わるようで怖かったのですが
今日は、ついに書くことができました。
そして、こんなにぶうこが愛されていたなんて、びっくりです 
